2024年12月19日
2024 翡縁会年末発表会
年末発表会が終わって気が付いたら数日が過ぎてしまいました。
今年はいつも私がご指導いただいている新陰流直毘会の立木十八先生や、交流のある静稽会の根岸秀雄先生とHさん、そして稽古仲間で常連メンバー?のPさん、Sさんをお招きしての贅沢な発表会となりました。
ご参加いただいた皆様のお陰で、主催した自分が言うのもおかしな話なのですが、学びと刺激に満ちた素晴らしい集いとなったと思います。
ありがとうございました。
お世話になっている他団体の先生方を、いつかはお招きしたいと思っていたのですが、今回実現できて本当によかった。
今年は新しい試みとして、一年の稽古の振り返りを、稽古風景の一部を再現するという形で演武の冒頭に組み込んでみました。
あくまで会員に向けてのもので、何がどれほど伝わったかはわかりませんが、少なくとも私の整理にはなって非常に得るものがありました。
来賓の演武に関して感想をいくつか。
まずは静稽会のお二方の演武ですが、肥後新陰流の三学と猿飛、それと居合をご披露下さいました。
根岸先生はお体が万全でない状態での演武でしたが、それを全く感じさせることがなく、お二人の組太刀はとても練り込まれている様子がうかがえて、また居合はいつも以上に気が乗っている感じで、その集中と気迫に目が離せなくなる素晴らしい演武でした。
立木先生とは新陰流の九箇之太刀と小太刀を演武させていただきました。
今回学びになったのは立木先生の間の取り方。
礼法や型の終わり際の間の取り方について、普段からゆったりしている印象はもっていたのですが、演武の時はこれほどゆったりになるのか!という感じで、自分がどれだけせかせか動いているかが演武の途中でも自覚できるほどでした。
小詰で私の太刀がすっぽ抜けて一瞬頭が白くなる、という稽古の時にはしたことのないようなミスもあり、私自身けっこう緊張していたことに、演武の途中で気が付かされました。
Sさんは今回アーニスは封印?して居合のみ演武。
居合の稽古を再開されてしばらく経つとのことですが、古巣の居合のよい部分やSさんらしさが表現されていて見応えがありました。一致感が素晴らしかった。
来年は二尺八寸での稽古を復活されるとのことで、今から楽しみです。
私も来年は超久しぶりに長尺居合を稽古する予定なので、がんばります。
Pさんの居合は、独自の世界観に年々深まりが感じられて、いつも興味深く拝見させてもらっているのですが、今年はご自身の居合に対するある種の諦観が、よい意味で気負いのなさにつながっている感じで、私的には過去一技術と表現の調和が実現されていて、見入ってしまうような素晴らしい演武でした。
錬金術居合!?の今後に目が離せません。
ついでに私自身の他の演武をざっと振り返り。
下段受け中心立て。最近この稽古と出会い直すことができた感がありました。今回最大の収穫。
でんこさんとの華車刀変化。まだまだ豊かな鉱脈が広がっていることを再確認。
同じくでんこさんとの連刀。今回はコンセプトの提示に留まったので、練り込む中でより適切な表現が出てくると思います。
はじめさんとの中伝二刀。二刀もさらに掘り下げたい。面白い展開になる予感があります。
居合。普段はあまり真剣を使って稽古していないのですが、真剣を用いると真剣の凄さを痛感します。まだまだ道具に助けられている。
ただ今回久しぶりに真剣を抜いた時に、「もっとこのように抜いてほしい」という真剣の聲をはっきりと聴いた気がしました。(妄想)言葉にすると恥ずかしいものがありますが、貴重でありがたい経験でした。
演武は、まだ自分で剣を扱ってしまっている。もっと剣の流れに乗りたいです。
会員の方々の演武に関しては個別にお伝えしていますので、詳細は省きますが…
あらためて感じたことは、やはり稽古量は大切で、成長は詰まるところ自分次第、それから年齢は成長の足かせにはならない、ということです。
お互いに精進していきましょう。
懇親会でも先生方からは、会や会員への温かい言葉掛けをいただくことができました。
中でも静稽会のHさんが、会員の居合を「野の花を摘むように抜かれていて」と評されていたのがとても印象に残りました。
また根岸先生が話されていた薩摩の剣士の話「薩摩では剣術だけ出来ても天吹(笛)と薩摩琵琶が出来なければ一人前とは認められない」にも感じるものがありました。
最後になりますが、よき学びの場を共に創って下さった立木先生、根岸先生、Hさん、Pさん、Sさん、撮影にご協力いただいたBさん、Sさん、そして会員、関係者のみなさまにお礼申し上げます。
多々良隆行
![DSC_0516[1]](https://livedoor.blogimg.jp/hien_kai/imgs/f/3/f3018a6b-s.jpg)
今年はいつも私がご指導いただいている新陰流直毘会の立木十八先生や、交流のある静稽会の根岸秀雄先生とHさん、そして稽古仲間で常連メンバー?のPさん、Sさんをお招きしての贅沢な発表会となりました。
ご参加いただいた皆様のお陰で、主催した自分が言うのもおかしな話なのですが、学びと刺激に満ちた素晴らしい集いとなったと思います。
ありがとうございました。
お世話になっている他団体の先生方を、いつかはお招きしたいと思っていたのですが、今回実現できて本当によかった。
今年は新しい試みとして、一年の稽古の振り返りを、稽古風景の一部を再現するという形で演武の冒頭に組み込んでみました。
あくまで会員に向けてのもので、何がどれほど伝わったかはわかりませんが、少なくとも私の整理にはなって非常に得るものがありました。
来賓の演武に関して感想をいくつか。
まずは静稽会のお二方の演武ですが、肥後新陰流の三学と猿飛、それと居合をご披露下さいました。
根岸先生はお体が万全でない状態での演武でしたが、それを全く感じさせることがなく、お二人の組太刀はとても練り込まれている様子がうかがえて、また居合はいつも以上に気が乗っている感じで、その集中と気迫に目が離せなくなる素晴らしい演武でした。
立木先生とは新陰流の九箇之太刀と小太刀を演武させていただきました。
今回学びになったのは立木先生の間の取り方。
礼法や型の終わり際の間の取り方について、普段からゆったりしている印象はもっていたのですが、演武の時はこれほどゆったりになるのか!という感じで、自分がどれだけせかせか動いているかが演武の途中でも自覚できるほどでした。
小詰で私の太刀がすっぽ抜けて一瞬頭が白くなる、という稽古の時にはしたことのないようなミスもあり、私自身けっこう緊張していたことに、演武の途中で気が付かされました。
Sさんは今回アーニスは封印?して居合のみ演武。
居合の稽古を再開されてしばらく経つとのことですが、古巣の居合のよい部分やSさんらしさが表現されていて見応えがありました。一致感が素晴らしかった。
来年は二尺八寸での稽古を復活されるとのことで、今から楽しみです。
私も来年は超久しぶりに長尺居合を稽古する予定なので、がんばります。
Pさんの居合は、独自の世界観に年々深まりが感じられて、いつも興味深く拝見させてもらっているのですが、今年はご自身の居合に対するある種の諦観が、よい意味で気負いのなさにつながっている感じで、私的には過去一技術と表現の調和が実現されていて、見入ってしまうような素晴らしい演武でした。
錬金術居合!?の今後に目が離せません。
ついでに私自身の他の演武をざっと振り返り。
下段受け中心立て。最近この稽古と出会い直すことができた感がありました。今回最大の収穫。
でんこさんとの華車刀変化。まだまだ豊かな鉱脈が広がっていることを再確認。
同じくでんこさんとの連刀。今回はコンセプトの提示に留まったので、練り込む中でより適切な表現が出てくると思います。
はじめさんとの中伝二刀。二刀もさらに掘り下げたい。面白い展開になる予感があります。
居合。普段はあまり真剣を使って稽古していないのですが、真剣を用いると真剣の凄さを痛感します。まだまだ道具に助けられている。
ただ今回久しぶりに真剣を抜いた時に、「もっとこのように抜いてほしい」という真剣の聲をはっきりと聴いた気がしました。(妄想)言葉にすると恥ずかしいものがありますが、貴重でありがたい経験でした。
演武は、まだ自分で剣を扱ってしまっている。もっと剣の流れに乗りたいです。
会員の方々の演武に関しては個別にお伝えしていますので、詳細は省きますが…
あらためて感じたことは、やはり稽古量は大切で、成長は詰まるところ自分次第、それから年齢は成長の足かせにはならない、ということです。
お互いに精進していきましょう。
懇親会でも先生方からは、会や会員への温かい言葉掛けをいただくことができました。
中でも静稽会のHさんが、会員の居合を「野の花を摘むように抜かれていて」と評されていたのがとても印象に残りました。
また根岸先生が話されていた薩摩の剣士の話「薩摩では剣術だけ出来ても天吹(笛)と薩摩琵琶が出来なければ一人前とは認められない」にも感じるものがありました。
最後になりますが、よき学びの場を共に創って下さった立木先生、根岸先生、Hさん、Pさん、Sさん、撮影にご協力いただいたBさん、Sさん、そして会員、関係者のみなさまにお礼申し上げます。
多々良隆行
![DSC_0516[1]](https://livedoor.blogimg.jp/hien_kai/imgs/f/3/f3018a6b-s.jpg)
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