やろうとすること

2024年03月16日

2024年3月13日(水)稽古 やろうとすることは間違っているのか

今回も、間合いの確認や、形を保ったまま打ち込むような稽古を行った。
遠くを斬ってやろうとするのではなく、大きく踏み込んで剣を伸ばしたらどこまで届くか。
打ち込んだ形を構の段階から取ってしまって、そのまま打ち込むように動くことで正しい動きにつなげる。

いろいろやっていく中で、いかにやろうとせずにやることがテーマになってくる。
斬ってやろう、崩してやろう、速く抜いてやろう・・・
やろうとするとうまくいかないことが多いから。

しかし、やろうとしないことには始まらないということもある。
何となく抜いている、何となく技をかけている、だと、相手に働きかけが伝わらないこともある。

取りまとめをするときに、とにかく形や手順を伝えて、その通りやってもらうとうまくいくことが多い。
それを徹底して続けていけば、うまくいくことが多いかもしれない。
居合もゆっくりやることで、剣先の遅れや形の崩れをなくして、理想の斬りに近づけることが多い。
しかし、ゆっくりやって今斬れている太刀筋なのかどうか、経験を積んだ人が見るとわかる部分もあるが、始めのうちはわからないことが多いと思う。
いいと言われたから続ける、だと身についているのかどうか。
思い切ってやると、不格好でも斬りにつながっていることもある。

何でもいいからやってみる、最速で抜いてみる、こうだと思って技をかけてみる、できるだけ強く打ち込んでみる、ということも必要なのかな、と思う。

いや、そうではなく、正しい動きを続ければそれが身について、いつか理解にもつながっていくのかもしれない。

何が正解かはわからないし、正解はないのかもしれない。

とにかく、のびのび楽しくできることができれば、何をしたいか意思を持っていれば何でもいいのかもしれない。

やろうとしないことには、やろうとしない、ということがわからない。
達人なら、そんなことを考える必要もないのかもしれないが、凡人は、やろうとする経験があるから、やろうとしない大切さがわかるように思う。
やろうとする、しないの繰り返しが、凡人である今の私のつたない技術になっている。

でんこ

15:43|Permalink